Copyright © Kanazawa Fringe 2017. All rights reserved.

 

  • Instagramの - ホワイト丸

シームレス&フラットな時代に、滞在制作はどこに向かうのか?【前編】


いきなりですが、質問です。 「あなたは、今、どこに滞在していますか?」 そう問われたとしたら、あなたはなんと答えるだろうか。


今この瞬間に身を置いている場所のことなのか、それとも住んでいる地域のことなのか。 では、今いるところが「名前のついていない場所」だとしたら? それは、どこにも滞在していないということになるのだろうか・・・。そんなことを考えながら、何気なく“滞在”の意味を調べてみる。すると、こんな説明が書かれていた。 「ある一定の期間、よそに行って、留まること」。


つまり、自分が拠点としている場所や、慣れ親しんだまちから離れた地域に身を置き、 一定の期間、そこで生活をするということだ。


それに照らせば、今や日本のさまざまな地域で行われている “アーティスト・イン・レジデンス”も、日本語訳は“滞在制作”となる。しかし、一般的に普及しているその意味は、 「国内外からアーティストを一定期間招へいし、滞在中の活動を支援する事業である」とのこと。


お気付きだろうか。“アーティスト・イン・レジデンス”=“滞在制作”ではあるけれど、日本語訳で紐解いてみると、そこに絶妙な違いがあるのがわかる。主語が“ホスト視点”なのか、“ゲスト視点”なのか、ということだ。


そこで、今回の公開トークイベント 「WE HAVE NEVER “STAYED”-滞在制作をめぐる対話」では、ゲストとホストの関係性を一旦取り払い、「滞在制作とはなんなのか」、転じて「アーティスト・イン・レジデンスの意義はどこにあるだろうか」、そんな問いについて、個性溢れる4名がトークセッション。


現在は静岡在住でありながら、金沢滞在経験が豊富なアーティスト、住 康平さん。 金沢在住10年で、アーティストにコーディネーター、インストーラーと、一人何役もこなす𡈽方 大さん。 今春から金沢に移住しつつ、東奔西走しながら場を編み続けるキュレーターの長谷川 新さん。 沖縄出身のアクティビストとして、沖縄に関するさまざまな議論の場を生み出してきた居原田 遥さん。


それぞれ四者四様の立場から、「アーティスト・イン・レジデンス」の可能性について 探り合ったイベント内容をレポートする。



そもそもアーティスト・イン・レジデンスとは、ホスト側(受け入れ側の地域や施設)が、アーティストに構想や研究に没頭する“時間”や“場所”を提供し、保証すること。一方ゲスト側は、従来の美術館や劇場といった空間ではカバーしきれない、新たな表現方法の可能性を、“よそ”で探り活用していくこと。 この両者の関係性があってこそ、成り立つシステムだ。 そしてその前提条件は、「ある地域」に滞在して制作すること、となっている。(参照:Japan Foundation)


しかし、今回のトークセッションに集まったゲスト4名のバックボーンは、なんとも多彩だ。 ひとつの場所に縛られない、デュアルライフ。特定の組織だけに属さない、フリーランス。 ひとつの職種だけに留まらない、パラレルキャリア。自国だけで完結しない、グローバルキャリアなど。


彼ら全員が、特定の地域に住まい、何かに一筋に打ち込むスペシャリストというよりもむしろ、一つのことを軸にしながら、縦横無尽に展開していくジェネラリストのような立ち位置だ。 しかし、これはなにも、アートワールドに限っての話ではない。


昨今巻き起こっている“働き方ブーム”において、これからのスタンダードとなるような“若者の生き方像”を体現している、とも言えるのではないだろうか。だからこそ、今の20~30代の“生き方”や“暮らし方”を持ち合わせる若者からみた「アーティスト・イン・レジデンス」、そして「滞在制作」とは一体なんなのだろうか。彼らが見つめるその先を、クロストークの内容から紐解いてみることにする。




今回 、みなさんには「滞在」というテーマを軸にお話しいただきたいなと思っているんですが、それぞれいろんな場所で活動をされていらっしゃる中で、ご自身が、「とある場に滞在している」、もしくは、「今、たまたまこの場に立ち寄っただけである」といった、“身を置いている場所”に対する意識って、あるんでしょうか?


住: 僕は、妻の出産をきっかけに静岡県の三島に引っ越したんですね。だから“三島に滞在している”というより、“三島に根を張る途中”のような感覚でしょうか。正直なところ、制作のために三島に引っ越したわけではないんですが、それまでは思うようにアーティスト活動ができてないフラストレーションもあったんです。でも、三島に来て、この地域のクリエーターたちと知り合っていくうちに、自分の中にある創作意欲がどんどん引き出されていって、今は、「ようやく制作できる場所に辿りついた」という感じですね。


なるほど。家族を持つ中で、どこに根を張るのか。そしてどうやって生活と制作のバランスを取っていくのかは、子育て世代にとってとても気になるところですよね。一方で、残りのお三方は、割といろんな場所に移動されているようにお見受けしていますが。


長谷川: 僕の場合は、アメリカ生まれで神戸育ち。大学は京都で、今年から金沢に移住した、と。ただ、週末は石川県以外にいることが多いですし、もうこれは同じ場所にずっといられない病気みたいなものですね(笑)。そういう意味では、よくある“土地のアイデンティティ”っていうものを持ててないし、乗れないところがある・・・。ただ、大学では文化人類学専攻だったので、ある場所に行って、そこにいる様々な人々と関わることの面白さと難しさを、肌で感じてきました。


𡈽方: 僕は大学進学で金沢に来て、それからもう10年ほど。とはいえ実はいまだに、“金沢に滞在してる”っていう感覚、あんまりないんですよね。単純に、まちの中に入っていって金沢の人と深い関わりを持ってないこともあるかもしれないけど。でもひとつ言えるのは、僕は“住処”というより、“居場所”をつくろうとしているんだな、ということ。心地いい距離や場所をつくるまでのプロセスを楽しむのが、僕にとっての“滞在”なのかもしれないですね。そんな拠点が5ヶ所くらいあって、各地で新しい経験をつくりながら行き来する生き方ができればいいな、と。



居原田: んー、私も出身は沖縄ですけど、働いている場所は東京で、専攻しているフィールドはアジア圏(笑)。なので、滞在しているのはどこかと言われると、正直ちょっと難しいなとは思いますね。ただ、圧倒的に移動が簡単な時代になったことで、感覚的にはよその土地に行って滞在する人はすごく増えてるわけです。でも一方で、生まれ育った土地からは動けない、動かない人たちも確実にいるわけで、そのバランスはこれからどう変わっていくんだろうか、って最近思ったりしています。


関西、中部、東京、沖縄、そしてアジア。みなさん、本当にいろんな場所を経由してきていますね・・・。 それは“自分”という個体の移動であるとは思うのですが、でも結果的には、みなさんが手掛ける作品や企画に、その土地から受ける影響が少なからず反映されていることってあると思うんです。そういう場合、ある地域で制作活動を始めるにあたり、どんな切り口でリサーチをしていくのか、気になります


住: そうですね、僕が住んでいる三島とその隣の熱海との間に、“丹那盆地”という変わった盆地があるんですけど、そこではかつて北伊豆地震という大きな地震が起きたり、難工事といわれた丹那トンネルの工事が行われたりで、その周辺に大きな影響を与えたそうなんですね。引っ越してしばらくした時、そこにあるギャラリーから、「うちで展覧会をやってみないか」と誘われて、それから作品のテーマと“丹那盆地の歴史”を結びつけようと、何気なくリサーチをし始めたわけです。その中で、地震によって“断層鏡面”という地質変容が起きたことを知ったんですねが、実は僕、学生時代にずっと“鏡”をテーマにした作品をつくっていたこともあって、「まさか、ここで自分の過去の作品テーマとつながるとは!」ってちょっと驚いたっていうか(笑)。それが、2013年から始めた“クリフ・エッジ・プロジェクト”のきっかけになりましたね。


𡈽方: 僕の場合は、コーディネーターとして金沢の問屋まちスタジオに関わっているんですが、 “まち”をテーマにした企画や展覧会をすることって、ほぼないんですよ。それよりも、僕は“ひと”に直接働きかける場をつくりたいと思っている。だからリサーチをかけるときも、その土地に行ってフラフラ散歩するんですよね。そうやって、20~70代まで幅広い年代の人たちから話を聞いてみると、まぁ、みんな全然違うことを言う(笑)。観光的な目線で紹介してくれたり、自分たちの子供の頃の話をしてくれたり、僕らが生まれる前の土地のことを教えてくれたり。でもそうやって目には見えない土地の違いを網羅していくことが、とても重要だと思ってます。



居原田: お二人の話を受けて、私の中では「自由な移動を伴う時代の中で、滞在する場所をどうつくっていくのか」っていう問題提起があるんです。そこで、アジア諸国のオルタナティブスペースを巡りながら「BOOK STORE」(※1)っていう映画の上映を行って、なおかつそのスペースを運営している人やコレクティブに取材をして、ドキュメンタリーをつくる“寄り道キャラバンプロジェクト”というのを、ここ2年ほどやっています。そのために、アジアのオルタナティブスペースを30~40ヶ所リサーチするわけなんですが、何を駆使したかというと、やはりFacebookでしたね。基本的に小さいコミュニティでもFacebookページがあるんですけど、辿れば基本的に“誰かの友達である”、と。もう世界中どこでも移動できて、つながれる世の中ではあるけれど、それでも何かをリサーチしたり始めていく際は、“友達の友達をつたっていく”というローカルな手段が有効で、それは結局どの時代も変わらない切り口なのかな、と。



長谷川: それで言うと、ちょっとダジャレみたいですけど、僕は“Face”と“Book”の両方いるんだろうなと思うんですよね(笑)。要は、人と顔を合わすこと。そして、本や文献を読むということ。住さんのプロジェクトじゃないですけど、自分の中に蓄積されているものが、何かの瞬間に勝手に結びつくことがある。そうなったときに、「本当なのか?」とその仮説を疑っていくパターンが多いかもしれないです。


住: たしかに、何かを始めるとき、どこに、誰にアプローチしたらいいのか?っていうのは、大事ですよね。 もしギャラリーの中だけでやる展示や制作だったら、正直、わざわざ特定の土地でやる必然性はないと思うんです。でも、その土地との関係性を持つうえで、出てくる歴史や人間関係の中から浮かび上がってきたものがあるからこそ、やれる土台があるし、やる意味もあるんじゃないでしょうか。



長谷川: 誤解を恐れず言ってしまえば、「金沢でしかできないとか、あるいは、今このタイミングで、この作家じゃないといけない理由」なんていうのは、究極的には、ないと思ってるんですよね。でもそれを、「必然性」に転換することが重要だと思うんです。

例えば、アーティスト・イン・レジデンスでは、滞在期間が1~2週間って短いよねっていうのはあると思うんですけど、去年、とある展覧会の最終日に、“DJもしもし”というアーティストと一緒に、ビル一棟を使って、17時間のイベントをやったことがあるんですね。その中で、1時間ごとにライブをする出演者もいれば、舞台をゼロからつくって解体までする出演者、あとは炭酸水をどうやって生成するか試行錯誤しつづけた出演者なんかもいたりしました。そうした瞬間の圧縮や時間の複数化というアプローチからも、滞在制作を考えることができるんじゃないか。

綿密に練られたリサーチはもちろん大切な一方で、無自覚的に生じた偶然を、全力で必然だと言い張る。それが、“アート”という装置であると思うんですよね。だから、“アーティスト・イン・レジデンス”においても、その感覚を肯定的に取り入れることができればいいのにな、と思ったりしています。



→後編へつづく



取材・文/喜多舞衣(オノマトペ)