マジョリティVSマイノリティの線は誰が引いている!?【後編】


美術は、大切な人を幸せにするための“手段のひとつ”



山本:

「僕ね、とある鉄工所で働いているんですよ。もう20年近くになるかな。 そこで、今は取締役として会社のマネジメントをやりながら、美術の仕事もしてるっていう感じかな」


山本さんの口調は、人を威圧することのなく、とても優しく穏やかだ。 しかし開口一番から、私の予想は清々しいほどに外れてしまった・・・。


広島県・尾道出身。高校卒業後、造船所で働いた経験を経て、22歳で金沢美術工芸大学に入学し、そこから美術の世界に入っていく。しかし、美術を諦めないために、鉄工所の従業員として働くという選択肢を選んだ。


山本さんはこう続ける。


山本:

「ただ、僕にとって、美術は仕事じゃないんだよね。これは生き方の問題であって、仕事じゃない。 仕事として捉えてしまうと、多分続かないと思うんですよ。もちろん、いわゆるアートワールドの中に入っていって、ビジネスと太くパイプを持った世界で生きるというのもひとつ。 美術館とか芸術祭に呼んでもらえるのは嬉しいし、ステータスとして築いていけることも、十分納得できる。でもね、僕が本当にやりたいのは、そことはちょっと違うんです。 いいとか悪いではなく、僕にとってアートワールドで成功することが夢ではない、というだけ。 言ってしまえば、僕にとって一番大切なのは、自分と、自分にとってものすごく深いつながりのある周りの人たち。自分と、その人たちを幸せにするひとつの手段に、美術があるというだけなんです」




情に訴えかけるわけでもなければ、諦観したような語り口でもない。 でも、山本さんが語るその言葉には、彼の静かで大きな熱量を感じずにはいられない。

それはきっと、山本さんが、亡くなった妹の思い出を辿る行為を“制作”というカタチに置き換えながら、 今生きている自分と家族、周りの人たちとの、日常のささいなつながりを強く意識すること。 そして、仕事と美術と家庭というバランスの中で訪れる、小さな変化を正直に感じ取りたいということ。そうやって人の生死と向き合うことが、山本さんにとって、美術という手段を使うだけ、なのだ。



山本:

「ただね、僕がなぜ金沢にいて制作活動を行っているかと言われれば、 それは“応援してくれてる人がたくさんいる”から。なにより、鉄工所の社長がずっと支援してくれてる。 それが一番じゃないかな。だって、勤めてる身なのに、いきなり“制作でフランスに2週間行ってきます”って言って、“はいわかったよ”って言ってくれるところ、なかなかないでしょう(笑)。 でも、だからこそ、僕は僕なりに、会社の一従業員としてできることを精一杯させていただく。

僕ね、美術っていうのは、“本質を見抜くもの”だと思ってるんです。そうやって見抜いたことを、別のカタチで表して人に伝えたり、次の一歩を進めるために使う。だからこそ、僕は美術をやっている人間として、自分が持ってる知識や技術を最大限に生かして、会社や社会に還元していきたい。そんな気持ちで、毎日を生きています」




どこまでいってもブレない、確固たる軸を持っている山本さん。 その内なる声に耳を傾け続ける強さに、少なからず衝撃を受けるとともに、 彼が最後に語った言葉がとても心に残った。


山本:

「金沢にいるのは、応援してくれてる人がたくさんいるからだ」 「美術をやっている人間として、自分が持ちうる知識や技術を生かし、社会に貢献していきたい」


これはもしかしたら、商業的なアートワールドで成功することだけを見据えているアーティストからは、なかなか出てこない想いなのではないかということ。


と同時に、山本さんの立ち位置は、アーティストでありながらしっかりと金沢のまちに溶け込んでいるような気がして、必ずしもマイノリティという立場ではないように感じられてならない。



違和感は、これから生まれる新しさの原動力になる。


山本さんのインタビューのあと、山田さんはリサーチとして、二つ目の仕掛けを試みている。 その名も、「アーティストの異業種交流会」。アートのジャンルに捉われず、金沢にいる多様なアーティストや市民20名ほどに集まってもらい、「自分が制作(仕事)をするうえで大切にしていること」、「それが金沢というまちと関係があるか」について話しあう、“ワールドカフェ”という場をもうけていた。



肩書きはもちろん、手法やジャンルがバラバラのひとたちが一堂に会し、 アーティスト目線や制作の場という視点から、金沢のまちについて語り合う。 しかし、そこから出てきた声をみてみると、


「アーティストが身近にいるのに、保守的」 「小さなコミュニティがたくさん成立している」 「プライド・美意識が高い」 「独特の文化があって、急激な変化を望まない」 「都市と金沢において、企画の見せ方や打ち出し方をガラリと変える必要がある」


自分たちが軸を置いているまちのことでありながら、どこか距離を取っているような表現がずらり。 言い換えれば、アーティストとして活動することにおいては、金沢の空気感を手放しで受け入れているようには思えない、というのがとても興味深かった。



山田:

「そういう意味では、僕が今回いろんなアーティストにインタビューした中で、金沢はやはり“横同士のつながりが希薄”だな、と感じたんですよね。演劇なら演劇。音楽なら音楽の世界で完結しがちというか。例えば、演劇するにもダンスの要素があったり、ダンスするにも音楽は必要不可欠ですよね? アーティストである以上、何かを表現しているという行為は同じで手法が違うだけのはずなのに、 ジャンルを分断して何かが生まれてくるというムーブメントみたいなものが、金沢にはほとんどない気がする。ワールドカフェから出てきた声を見てみると、やっぱりそのつながりの希薄さを象徴するようなキーワードが並んでいるように思えてきますね。

だからこそ、僕は“カナザワフリンジ”において、どこかマイノリティさを感じている地元のアーティストたちが、その枠を取り払って主体的になれるような仕組みは一体なんなのか。 それをリサーチして、金沢のまちの個性とリンクさせていければな、と思っているんですよね」



山田さんがリサーチの前提として掲げる、「アーティストは、社会的マイノリティである」という想い。 しかし、山本さんのインタビューやワールドカフェを通して、「マジョリティVSマイノリティという線」は、必ずしも正体不明のなにかによって引かれる線だけではない、ということが見えてきたような気がする。

目の前の居心地の良さを守るため、あるいは、自分を開示してまで他者への理解を積極的に求めない現状維持など、もしかしたら一人ひとりの中にある保守的な部分が、いつの間にか“マイノリティ”となって自分の心の中に存在してしまうことだってあるはずだ。そこに、“消極的”と称される石川県の県民性が拍車をかけている、とも言えるかもしれない。

「金沢というまちが、アーティストや表現する者に対して何をもたらしてくれるのか?」という受動的な問いを持つと同時に、アートに関わる一人ひとりの表現者が、「自分が持ちうる知識や技術を生かし、金沢というまちや社会にどう貢献していけるか?」という能動的な問いを持ってみること。

山本さんの言葉を借りれば、「美術は本質を見抜き、それを別のカタチで表して人に伝えたり、次の一歩を進めるために使う」ものであるならば、アーティストが地域社会とタッグを組むことで、きっと新しい価値観や問題提起の仕方が生まれてくるのではないだろうか。 マイノリティを個性と捉え、いかにして横のつながりを生みだしていく仕掛けをつくれるか。 そこに、「カナザワフリンジ」で見つめる、金沢らしさのヒントが隠されているのかもしれない。



取材・文/喜多舞衣(オノマトペ)



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