Copyright © Kanazawa Fringe 2017. All rights reserved.

 

  • Instagramの - ホワイト丸

路上生活に、“人間らしさ”の根本あり。 ソケリッサにみる、現代社会と芸術的価値の関係性。【前編】

とある日の、金沢21世紀美術館・シアター21。 照明が落とされた空間には、シンガーの寺尾沙穂さん奏でるピアノと、伸びやかな歌声が響いている。 そんなBGMをバックに、一筋のライトが照らす中、一人またひとりと現れたのは、3名のダンサーたち。ぐっと手を伸ばす。丸まって頭を抱える。 そして、憂いた目で、ここではないどこかを見据えている。

あるいは、とある日のいしかわ四高記念公園。 そよ風が吹く中、ギタリストの石川征樹さん奏でる音色に合わせ、3名のダンサーたちが再び登場。 カッと目を見開き、裸足でドシドシ地を鳴らして歩く。ゴロンゴロンと寝転がる。ジャンプして跳び上がる。



規則性があるようでいて、自由。躍動的でありながら、繊細。 一体どんなダンサーたちが踊っているのだろうと思い、よくよく目を凝らしてみる。 すると目の前に現れたのは、お腹がぽっこり突き出ていたり、ひょろっと背が高かったり・・・、 なんとも、一見どこにでもいそうな“おじさんたち”ではないか!

そんな彼らの名前は、東京を拠点に活動する「新人Hソケリッサ!」。 プロダンサーで、一般社団法人アオキカク代表のアオキ裕キさんを筆頭にしたダンスグループだ。 しかしこのグループがユニークなのは、なんと、踊っているおじさんたちが、 路上生活者、あるいは路上生活経験者だということ。



さて、ここでみなさんにクエスチョン。 “路上生活者、あるいは路上生活経験者”がメンバーと聞いて、一体どんな印象を持っただろうか?

まさに“フリンジ=社会の周縁”のごとく、社会的に排除されているひとたち? それとも、段ボールにくるまって寝ているこわいひとたち? 中には、「こんなところで踊ってる場合なの?」と思う人だって、いるかもしれない。

たしかに、ソケリッサを主宰するアオキさんは、元々ストリートダンス専門で、 有名タレントのバックダンサーや振付家として活躍するプロダンサーだ。 そんなキャリアを持っているアオキさんが、なぜ、自らの名前を掲げるダンスグループに、 “路上生活のおじさんたち”をメンバーに迎え、国内外でパフォーマンスを行っているのだろうか。

「これはもしかして、ホームレス支援の一環?それとも慈善活動の一種?」

ソケリッサは今年、社会課題解決の取り組みを表彰する「コニカミノルタソーシャルデザインアワード2016」にて、デザイン・アートコンペティションのグランプリを受賞したとのこと。 そのニュースを知っていたからこそ、わたしの頭の中で勝手な妄想が膨らんでしまう。

しかし、カナザワフリンジのリサーチで来沢したアオキさんが語ったのは、 そんな予想をはるかに上回るストーリーだったのだ。


————————————————————–


ソケリッサが生まれた理由。


アオキ:

「僕ね、ある日、新宿駅前で歌っているストリートミュージシャンの前を通ったんですけど、そのとき、すぐ横でホームレスのおじさんが半分お尻を出したまま、堂々と寝てたんですよね。 ミュージシャンをみてるお客さんはたくさんいるんだけど、その横にいるおじさんには誰も目を留めない。そんなおじさんもまた、それを知ってか知らずか、平然と公衆の前で寝続けている。

この景色に出会った瞬間、“あぁ、このおじさんたちと自分がもし一緒にダンスを踊ったら、きっとなにか面白いことが起こるかもしれないなぁ“って、ビビッときちゃったんですよね」


ミュージシャンではなくて、ホームレスのおじさんにビビッとくる? 聞き間違いかと思い、思わずアオキさんの顔を二度見してしまう。


アオキ:

「だって、みんなの前でお尻を出して寝れちゃうんですよ? そうやって“人の目を気にせずに生きている”って一体どんな感覚なんだろう?って、 僕はそこにすごく興味を持ったんですよね。

というのも、実は以前、ダンスの高みを目指すべくニューヨークに渡っていた時期があったんです。 ちょうどそのとき、2001年の同時多発テロに遭遇してしまって・・・。そこで、人々の悲しみや苦しみと対峙する中で、今まで僕がやってきたことが、なんだかものすごく軽く思えてしまったんですよね。 “自分は、ダンスのカタチとかカッコよさとか、そんな上辺しか追ってなかったなぁ”って。

そうじゃなくて、もっともっと自分や人の内側にあるものに、しっかりと目を向けていきたい。 そこから初めて生まれる感情や想いを、ダンスというカタチで表現していきたい。 そう思って帰国してしばらく経ったある日、あのおじさんに出会ってしまったというわけです」


ダンサーは、常に目の前にいる“観客”を意識しながら、全身で表現をしなければならない。 しかし、新宿駅で目の当たりにしたのは、”人の目“を一切気にせず、眠りこけるおじさんの姿。 アオキさんは、そんなおじさんの取り繕うことのない“自然体”の姿をみて、こう思ったという。


アオキ:

「路上生活をしている身体こそ、全身全霊をかけて今の日本や社会と向き合い、 一瞬一瞬をダイレクトに感じながら、生きている身体なのかもしれない」


路上生活の人々が、日々どんなことを想い、路上で暮らすことでどんな変化が身体にもたらされるのか。そんなアオキさんの純粋な探求心から、「新人Hソケリッサ!」は生まれたのである。




“そのままの自分”を受け入れてくれる場所。


そこで、ホームレスのおじさんたちをスカウトすべく、 「僕と一緒に踊りませんか?」と声を掛けていくことにしたアオキさん。 しかし、「どんな踊りをおどるのか?」、「そもそも踊って何になるのか?」 何も始まってもないからこそゴールすら見えていない中、スカウトは失敗の連続・・・。


その折に、ホームレスの自立支援を行う団体「ビッグイシュー」の存在を知り、 なんとか協力を仰ぐ中で、雑誌「ビッグイシュー」の販売者を中心に何度も声を掛け続けたのだとか。 その甲斐あって、2006年には5名のおじさんたちがメンバーに加わり、 翌年2007年には全員で初舞台を経験。 そこからメンバーの増減を繰り返しつつ、今はアオキさんを含めて、4~5名で活動を行っている。


しかし、そんないきさつを聞いていくうちに、ふと純粋な疑問を抱いてしまった。 「ホームレスのおじさんたちが、ソケリッサで活動する理由って一体なんなんだろう?」


もし私が路上生活をすることになったら、ダンスを踊ることより、どうやって生きていこうか・・・。 そんなことで頭がいっぱいになりそうな気がする。


だからこそ、今回アオキさんと一緒に金沢に来たメンバーが、 なぜ自らの人生の一部に、ソケリッサでの活動を選んだのか。 路上生活経験者でメンバーの横内さんと小磯さんに、その背景を聞いてみることにした。



横内: 僕ね、2009年の3月に、たまたま東京のビッグイシュー事務所で、ソケリッサのチラシを見つけたんです。その時偶然なんですけど、実はアオキ先生が、僕の好きなアーティストのPVの振付師だったっていうのを小耳に挟みまして。それで、俄然興味が出たんですよね(笑)。だから正直に言いますと、一番初めは踊りたいから練習に行くっていうんじゃなかったんです。というより、アオキ先生とご縁をつくっておけばそのアーティストに会えるかもしれないって思って、それでチラシに載っていた練習予定日にひとまず伺ってみた、と。そんな次第です(笑)


小磯: 私の場合は、横内さんと全然違うんですけど(笑)。 ソケリッサの初期メンバーから誘いを受けたのがきっかけですね。 定期的にストレッチをすると、ビッグイシューの販売をする時も身体が楽になるからって言われて、それで行ってみようと思ったのが最初でした。


なるほど。小磯さんのきっかけは想像ができるにしても、横内さんの動機といったら! いささか不純のようにも思えるけれど(?)、そんな気持ちで迎えた初練習はどうだったのだろうか。


横内: そのときは十数人が練習に来てたんですけど、僕のイメージでは、“アオキ先生はすごい方”というイメージを勝手に持ってたので、ちょっと怖いんかなって思ってたんです(笑)。でも、アオキ先生が一人ひとりに“動きのお題”みたいのを出されて、それをやってみたときに、すごく褒めてくださったんですね。 もしかしたらみんなに褒めてるのかもしれないですけど(笑)。でもその時、“あぁ、これでいいんだ。 だったら自分でもできるのかもしれないな”って思えたんですよね。


アオキ: あぁ、そのとき横内さんに出したお題が、たしか「赤鬼の舌」だったかな。 “アチチチッ”みたいな表現だったと思うんですけど、あのときの姿はほんとすごかったですね。 あの瞬間に横内さんが持ってる全てを、てらいなくボンっと出したというか。 なんでもそうですけど、初めてやることって“大丈夫かな?”とか“恥ずかしい”という感情があって当たり前じゃないですか?でも全然そういうのがなくて、100%の自分を、その瞬間にそのまま出せていたと思ったんです。それは、小磯さんと初めて会ったときもそう思ったんですけどね。


小磯: 私も初めてお題をいただいたとき、いくつかの短文をもらってそれを自分なりの解釈で動きを組み合わせていくっていうのがあったんですけど、その中に「ずれる身体」っていうのがあったんです。 そのとき、すごい新鮮だったんですよね。「ずれる身体」ってどうやるんだろう?って(笑) それがもう頭の中にずっと残ってて、ある種憑りつかれたようになったのが最初の思い出かな。



そんな三人の話を聞いて、アオキさんの振付の仕方がとても印象に残った。 なぜなら、前に出てみんなに同じ踊りをみせていくという方法ではなく、 一人ひとりに“抽象的な言葉”を渡してそれを表現してもらう、というスタイルだからだ。





言葉の持つイメージを裏切ってみる、ということ。



アオキ: 実は、一番最初は振付を見せながら一緒につくっていきましたよ。でも、数分経ってもう一度やろうとしたらみんな忘れてるんです(笑)。そりゃ経験もないしいきなり覚えろって言われたって無理ですよね。でも、普段のストレッチとか、リラックスしてる状態でみんなを見てるとすごく面白いんです。歩き方ひとつとっても全然違う(笑)。だったら、それが自然に表に出る方法がないかなって考えたときに、 “言葉”を使ってみようかなって思ったんです。例えば、「月の上を歩いて」とか「太陽を飲もう」と言っても、人によってやりたいことが違うでしょ? 何も同じことをみんなでやる必要はなくて、個人の身体の記憶から出てくる動きを大事にしたいと思ったんです。



小磯: 例えば虫の動きを表現するのにも、虫になってそれを表現しようとするのか、 もしくは虫をみてる人の反応で表現しようとするのか、それだけでも全然違ってきますよね。 アオキ先生から言葉をいただいて、自分なりに解釈して動きをつくりだしていくっていうのは、 無限に可能性が広がるなぁって感じているんです。




なるほど、だからこそアオキさんは、抽象的な表現をよく使うのだ。 それは、「一人ひとりの身体に染みついている所作やクセはすべて違う」という前提を、 よくよく理解しているからに他ならない。だとすれば、アオキさんが言葉で渡していく振付は、 「この人は一体どんな動きをしてくれるだろうか」という、アオキさんからメンバーへの挑戦状といってもいいのかもしれない。

そこでアオキさんは、金沢での滞在期間中に、ダンスワークショップを開催することにしたのだ。



→後編へつづく



取材・文/喜多舞衣(オノマトペ)