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村住知也

 

山田洋平

 

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アーティスト

ディレクター

アーティスト

なかむらくるみ

 

Q.

 

みなさんは、それぞれ石川県を拠点に活動されていらっしゃるとのことですが、お互いに初めて会ったとき、何か印象に残ったことや感じたこと、あったりしましたか? 

 

村住

 

たしか、山田さんと最初にお会いしたのは、ちょうど山田さんがドイツから帰国されて間もない頃だから、3~4年前くらいでしょうか。当時は、国際的な活躍をされているアーティストたちが、金沢にアトリエや発表の場を作り始めていて、創造的な雰囲気を感じ興奮したのをよく覚えています。山田さんとの出会いは、まさにそんな金沢の新しいアートシーンの到来を予感させられるような出来事でした。

 

山田さんは髪の毛をキュッと結んだヘアスタイルが印象的で、かつ、私と同じく“コンテンポラリーダンサー”でもあるので、「きっと独特の世界観を持っている方だろうな」と想定していました(笑)。でも実際に話をしてみると、こちらのペースを保って話に耳を傾けてくださり、かつ話題を掘り下げるような質問を投げてくださって、とてもニュートラルな視点を持っている方だなと思いましたね。

 

 

なかむら

 

 

山田

 

 

実は、今回お二人にパートナーとしてお声掛けさせていただいたのは、昨年の「カナザワ・フリンジ」の企画でインタビューしたことがきっかけなんです。その時、なかむらさんは「今ここにあるものを大切にしている方だな」と感じましたし、村住さんは「何かに飢えていて、疑問を持っていて、それに対してどうすればいいかと考えている方だな」と感じました。でも、お二人に共通していたのは、“自分を大きく見せることも小さく見せることもなく、等身大の自分をそのまま見せている”とでも言うのかな。これって、簡単なようでいて、実はすごく難しいことだと思っているんですよね。

 

Q.

 

等身大の自分を見せられる人って、対峙する相手の心をいつの間にかそっと、でもたしかに開かせてしまう不思議な力がありますよね。そういえば、村住さんとなかむらさんは、それぞれ福祉施設にて活動をされている、という共通点もあるんですよね。

 

そうですね、私は自身の作品を制作・発表する傍ら、石川県内14ヶ所の福祉施設で美術教室を開催しているんですが、この活動を通じて、興味深い人生を送ってきた多くのクリエイターたちとの出会ってきました。人に見せることを避けた“セルフトート(独学で制作されたアート作品)”としてつくられた彼らの作品には、独特な美意識が込められているものがたくさんあって、その素晴らしさを紹介するためにギャラリー「THE ROOM BELOW」を立ち上げたんです。今回は、彼らの作品を展示するとともに、私自身がそこからインスピレーションを受けて制作した作品も、一緒に展示・発表したいなと思っています。

 

 

私も、振付家や踊り手としての活動をしながら、のんびりとしたヨガクラスや、自由に身体を動かして楽しむ「だんす教室」の講師として、複数の福祉施設に関わらせていただいています。ただその中で、社会に存在している人たちを“グループ分け”するような言葉に、よく出会うことがあるんですね。例えば、“障がい者”や“健常者”という言葉は、ただの単語であるはずなのに、見聞きするたびに口では表現しきれない違和感を覚える表現だと思っていて・・・。そういう言葉、あるいはその言葉の持つイメージに、「人が不安や怖さを感じる理由はなんだろう」と考えたとき、きっと「知らない」ということが大きく影響しているんだろうと思ったんです。だからこそ今回は、実際に一人ひとりに、“見て”、“知って”、“考えてみる”時間を持ってもらえるよう、個性的な動きや表情の特徴と、その理由を体感できるようなパフォーマンスを展開できたら、と考えているところです。

 

村住

 

なかむら

 

 

Q.

 

お二人とも、それぞれ障がいを持つ人たちと自身の表現を介してつながる、という行為は同じでも、着目する視点はやはり違っている。それこそ、今回のプロジェクトタイトルでもある「アーティストの目」そのものですよね。ちなみに、ディレクターの山田さんの目には、どのようにうつっていますか?

 

お二人とも金沢というまちに根差し、いろいろな人たちと信頼関係を結んできたからこそできるアプローチだと思います。でも、「福祉を目指している」、あるいは「福祉活動の一環としての創作活動をしている」ということではなくて、そこから得られる“学び”や“魅力”に対して真摯に向き合っている。そう感じるんですよね。村住さんの作品は、単に鑑賞するだけじゃなくて、「なぜ、人は物を作るのか」という根本的な問いに対峙することになるだろうし、なかむらさんの作品は、感情や行動の源である“身体”を通じて、自分や相手の境界線について考察することになるんじゃないかな。体験を通して、参加する皆さんに問いを投げかけられるようなプロジェクトになったらいいなと思っています。

 

山田

 

 

Q.

 

全部で5つの作品が同時多発的に行われる「カナザワ・フリンジ」ですが、最後に、みなさんがプロジェクト全体について感じていることを教えてください。

 

近年、“別々のもの”、あるいは“関係ないもの”と思われてきたジャンル同士が接近しているのを感じていて、まさに「アート」と「福祉」が、その最たる例だなと思っています。だからこそ、今回の「アーティストの目」は、アートと福祉の新しいつながりに挑戦できるプロジェクトだと感じますね。ある程度評価が定まっているような主流以外の、“周縁(フリンジ)”にフォーカスした「カナザワ・フリンジ」プロジェクトだからこそ、アウトサイダーアートと呼ばれる創作物の概念を、今一度いろんな人との交流の中から考察して、社会に還元していきたいです。

 

 

村住さんがおっしゃるように、私も「カナザワ・フリンジ」は、人と人をつなぐプロジェクトなんだろうと思っています。今回私が選んだテーマは、もしかしたら日常の中であまり見ること、知ること、考えることのない部分かもしれません。でも、施設を利用する利用者さんやそのご家族。施設職員の皆さん。私の家族、友人、知人。公共の場にいる障がいを持つ方。公共の場にいる健常者の方。挙げていくと、それは一人ひとりの人間であるということなんですよね。“目を向ける”ということは、相手と向き合いながら自分自身にも向き合うことでもある。そうやって一人ひとりの見方や考え方が変化していくことこそが、実は社会の“ボーダー”や“壁”を取り払っていく大事な一歩なんじゃないでしょうか。

 

 

 

お二人の言うように、まちや人をアートという視点で紐解く「カナザワ・フリンジ」ですが、実は二つの側面を持ったプロジェクトなんじゃないかと思っているんです。科学用語に例えて言うなら、「応用研究(芸術)=人間の生活を豊かにする事を使命とするもの」と、「基礎研究(芸術)=役に立つかは分からないようなもの」を、うまくミックスさせたプロジェクトとでも言うような。生活には何の役にも立たないものでも、求めて面白がり楽しめるということは、まちが“文化的に豊かである”ということを証明する、一つの測りになり得ると思うんですよね。だからこそ、一見無用に思えるものもすぐ排除するのではなく、受け入れてみて、理解できる方向へと変化を起こしていけるかどうか。「カナザワ・フリンジ」が行われることによって、金沢が“さらなる豊かな文化度”を持つまちとしての一歩を踏み出せれば、とても誇りだなと思いますね。

 

なかむら

 

 

村住

 

山田